『箱を出る顔忘れめや雛二対 蕪村
これは或老女の話である。
……横浜の或亜米利加人へ雛を売る約束の出来たのは十一月頃のことでございます。』
このような書き出しで始まるのが、芥川龍之介の『雛』という短編小説です。
老女は裕福な家に生まれ、徳川時代は、大名にお金を用立てる金貸しで、豊かな生活をしていました。しかし、幕府が倒れ、武家に貸したお金の回収が出来なくなり、その上、度重なる火事に見舞われ、すっかり貧しい生活になってしまったのです。商売替えも試みましたが、みな失敗し家財道具を次々に売り払う状況になってしまいました。
そしてとうとう、彼女の立派な雛人形も横浜に住むアメリカ人に売ることが決まりました。
『……雛もわたしのではございますが、なかなか見事に出来ておりました。まあ、申さば、内裏雛は女雛の冠の瓔珞にも珊瑚がはいっておりますとか、男雛の塩瀬の石帯にも定紋と替え紋とが互違いに縫いになっておりますとか、ーーそういう雛だったのでございます。』
彼女が15歳だった頃の思い出話なのですが、老女の脳裏には、雛人形の素晴らしい姿が鮮明に焼き付いているのでしょう。
その見事な雛人形を売りに出す前に、もう一度だけ飾ってみたいと父に頼みますが、手付けをもらったのだから、もう我が家のものではないと相手にされません。
手放す日までの数日間の母や兄との切ないやりとりも語られます。
そして雛人形を手放す前夜、家族が寝静まってから、こっそり並べて眺めていたのは父だったのです。
『わたしはあの夜更けに、独り雛を眺めている、年とった父を見かけました。これだけは確かでございます。そうすればたとい夢にしても、別段悔しいとは思いません。とにかくわたしは眼のあたりに、わたしと少しも変わらない父を見たのでございますから、女々しい、……そのくせおごそかな父を見たのでございますから。』
この作品の中には、照明器具も薄暗い無尽燈から新しいランプに変わり、昼のように明るくなったという場面が出てきます。
文明開花の思想に浸っている兄は、「古いものはどしどし止めることです。」と言いますが、母は「眩しすぎるくらいですね。」と兄とは対照的な反応を見せます。
久しぶりにこの作品を声に出して朗読してみました。
実は……断捨離を進めていく上で、私の雛人形をどうしようかと悩んでいたのです。
読み終えて、心が落ち着きました。古くても、いえ、古いからこそ大切に残してゆきたいと!
メッセージ、お待ちしております。
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